


最初のきっかけとしては、 親が映画が好きでよく一緒に見に行ってました。 それもあって、記憶に残っているのは映画の方が多いです 。月に一回映画館に行くとか、近所のビデオ屋さんで
気になった作品を好きなだけレンタルしたりしていましたね。
高校卒業後は東京に行ってみたいって思ってて、地元の久留米では上京に憧れる友人も多くとにかく東京で住んでみたいっていう
その勢いで親に相談したら 新聞配達しながらであれば 学費補助になるから行ってもいいよって言われて 上京を決意。
映画の道に行けたらいいなと思ったんですけど、カメラマンとして映画撮れたらなあと思っていました。



実際には新聞配達が忙しすぎて東京を満喫する時間すらなかったです。 とにかく大変だった。 朝3時くらいに起きて新聞のおり込みしてから配達。学校行って15時ぐらいに寮に帰宅。その後また配達して、長い時は22時ぐらいまで。ずーっと働きっぱなしでした。
だから今となっては、早起きはそんなにツラくないですね。
なので、友達が遊んだりしていても 「みんな楽に生きているなぁ」と思っていました。 自分は尖っていたというか、働きながら学校に行っいるという思いからか反発していましたが、自分の中では責任感が強くなる感じがありました。
授業で先生が言っていたのは「物事を面白がること」 「ちゃんと面白がってみたら面白くなる」と。先生が撮影のための心構えで楽しんで自分の感性を磨こうみたいな授業でした。



イカロスに入社してからは、まず基本的なことを教えてもらい
「Nチャン」とか地方のニュースの代行取材の後ろについて行かせていただきました。
それでも当初は容量悪くてめっちゃ怒られてましたね。照明を当てるのにも上から優しく当てなきゃいけないんですけど、明るさを全く考えないでフルマックスで当てたりしてめっちゃ怒られた記憶があります。
当時、現場に連れて行ってもらってたのが黒沼さんですね。黒沼さんは「知識は荷物にならない」って教えてもらいました。 あと「人を観察しろ」ってずっと言われましたね。その人の仕草で何を考えてるか、思考を読み取ろうと考えていました。
映像に熱い先輩は変な映像撮ってくると、むちゃくちゃ怒られる。それがあったから強制されて
変な絵は撮ってこないようになるそうやって、自分に叩き込みました。




取材に行ったら必ず先輩に見てもらってたんで、何をもって一人立ちっていうのはちょっと難しいですけど。自信になった撮影としては、日テレ行ってから3年目ぐらいの時に原発のドキュメントで「いい画が撮れたな」と感じましたね。
原発が見える公園で遊ぶ子どもたちという象徴的なカットが撮れて、とにかく自分の考えで撮れたっていうのが大きかったですかね。テーマに即した伝わる画がしっかりと出たなと!



先輩から言われたことで考え深かったのは、ある時 中華料理屋さんで飲んでるときに先輩が「カメラマンは大きく分けて2種類ある」「このチンジャオロースの中にまみれて撮るのか、チンジャオロースを外から撮るのか」僕は「まみれて撮りたくて、自分も一緒にその場で体感するように」動き回って表現したいと思いました。
もともと映画が好きで始めた仕事ということもありますが、映像だけで何を示しているのか感じさせる、そんな映像を撮れるカメラマンになりたいですね 。それと、いつかマジでいいドキュメントを撮ってみたいなっていうのは、ずっと思っています!



Q、休日はどんなふうに過ごしていますか?
家族と散歩
Q、最近ハマっていることは何ですか?
コンビニエンスウェア
Q、好きな映画やドラマは何ですか?
「横道世之助」 「チェンソーマン レゼ篇」
Q、映像以外で影響を受けた作品(本・音楽など)は
ありますか?
「友情」 武者小路実篤
Q、周囲からはどんな性格だと言われますか?
基本的に優しい
Q、無人島に1つだけ持っていけるとしたら、何を選びますか?
写真アルバム
Q、落ち込んだときの立ち直り方を教えてください
お酒を飲んで忘れる
Q、家族から影響を受けたことはありますか?
美味しくない料理を食べても、「美味しくない」と
言わない周囲への配慮
Q、ストレス解消法やリフレッシュの方法は?
家族と散歩
Q、今の仕事をしていなかったら、どんな仕事をしていたと思いますか?
美容師
Q、イカロスで仕事して良かったこと
特別な許可がないと入れないような特別な場所に行けたりすること




担当した主な番組
・プレミアの巣窟
・&Hulu
・今日、全力でやってみた。
・CUTIE STREETのちきゅーKAWAII計画


